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スキーを冬だけの遊びにしたくない 1年中スキーヤー宣言

「一年中スキーを履いていたい」ときっぱり言うPeak Performanceアスリートの佐藤藍。

日本屈指の豪雪地、かぐらスキー場の麓でゲストハウス「LAKE SIDE LODGE(レイクサイドロッヂ)」を営み、その傍らライダーとして国内外のスティープな斜面を滑って動画や写真として作品を残している。

彼女が情熱を傾ける山スキーとは、四季に寄り添い、ありのままの自然をどう楽しむか? という真っ直ぐな遊び心が凝縮されたものだった。

(プロフィール)

佐藤 藍(さとう・あい)

新潟県湯沢町三俣のスキーヤーズロッヂ「LAKE SIDE LODGE(レイクサイドロッジ)」の長女として生まれる。幼い頃から宿に集まる山男たちに揉まれながらアルペンスキーに打ち込む。関東で社会人生活を経験したあと、15年前に実家「レイクサイドロッジ」のオーナーに。亡き父親が信念としていた「お客さんと共に遊び、楽しさを共有する宿」を引き継ぎ、誰もが気軽に訪れて笑顔が絶えない憩いの場を提供している。

その傍ら、Peak PerformanceやHEAD,GIROなどの契約ライダーとして国内外の雪山を滑り、広告やメディアで活躍している。

LAKE SIDE LODGE:https://www.lakeside55.com

 

“春の雪山は、ウキウキすることしかない。”

  Peak Performanceライダーの佐藤藍が母親と営む山小屋のようなゲストハウス「LAKE SIDE LODGE(レイクサイドロッジ)」は、かぐらスキー場のみつまたロープウェイから歩いてすぐのところにある。インタビューの約束をしていた午前10時。ひと滑りした常連客とともに運転するハイエースから降りてきた。

「おはようございます。これが、わたしの日常です」

15年前、父親の死をきっかけにかぐらに戻って、家業を継いだ。両親がはじめた「レイクサイドロッジ」は、去年12月で50周年を迎えた。

かぐらスキー場といえば、日本で五本の指に入る営業期間が長いスキー場として知られている。そんな環境で育った彼女だからこそ知っているスキーのイチオシが、これからの春スキーである。

「春は芽吹きの季節です。誰の目から見ても息を飲むほど美しく、生命力溢れる光景が山を覆います。若葉が芽生える間に、ヤマザクラがぱっぱっと咲いて、スイセンや水芭蕉が凛と花ひらく。生き物も活発になって、動物との予期せぬ出会いもあったり。ひと皿くらいの山菜を摘んで調理する喜びも。竿を持参すれば厳冬を乗り越えたイワナも手にできる」

渓流釣りもするんですね?

「父親が釣りキチで、幼いころから見てきました。いま友達に教わりながら修得中です。こんなふうに春の雪山はいいことばっかり。それでいて、大好きなスキーを履いて山にいられるだから、こんな幸せなことはないですよ」

世界をくまなく探しても新緑のブナをスキーで滑り、スキーを履いたまま川魚を釣るという体験は、日本の豪雪地でしかできない楽しみであろう。

「重装備でなくても、ちょっとライトな感じで行けるのも春スキーの魅力です。装備が軽く、天気も安定して、日も長いから遠くへ行ける。雪が安定するので、標高が高いところへも。晩秋に山の三段紅葉ってありますよね、緑と紅葉と雪。それは春にもある。新緑と花と残雪。あるいは、田んぼと新緑と残雪。山の上から平野を見ると、田んぼに張った水がキラキラしてため息が出るほど美しい。動物の形をした残雪を見つけたり、春は景色も最高なんです。ほんとに楽しみばっかりなんですよ」

装備やウェアが軽くなれば、心も軽くなるというもの。ちなみにスキー板は、一年に何本も使い回しているのですか?

「HEAD KORE 103W 1本だけです。パウダーからピステンまで心地よく滑ることができます。一年中スキーヤーは、板を何本も持っているイメージですが、ウエスト100㎜前後の板でオールシーズン楽しめるんですよ」

“父から教えてもらった春スキーの遊び方”

「バックカントリーという言葉がない時代から、春先になると父親はお客さんとビールいっぱい担いで雪山に登っていました。山頂で景色を見ながらワイワイとランチを食べて、オートルートと呼ばれるコースを滑って帰ってくる」

ゲレンデから飛び出して、ありのままの自然を仲間と楽しむ。シンプルで自然な流れなのに、現代社会ではやれ登山届けだ、やれスキー場管理外だとハードルが生まれ、遠い遊びになってしまった感がある。

「いい沢があれば釣りをし、大地が芽吹いていたら山菜採りをする。スキーをしながら楽しむことが、ひとつ、ふたつ増える。それが春スキーの醍醐味だと父から教えてもらいました。宿のオーナーになったいま、負けてられないじゃないけど、スキーが主目的ではなく、それに付随する楽しみがいっぱい春山にはあるってことを発信できたらいいなあと思っています」

“毎朝の除雪は、雪を知ることに繋がる。”

雪に閉ざされた豪雪地に住んでいるからこそ、春が待ち遠しく、春のあたたかい景色がひと一倍に心に染みる。ロッヂの前の積雪は、今冬4m以上に迫った。

「雪国に住んでいると、除雪大変だねってよく言われます。でも大変だなんて思ったことはないです。あ、いい雪降ってきたって思うから(笑)」

雪が降った日は、毎朝みずから圧雪車を運転して、宿の周りと駐車場を除雪する。Uターンしたてのころは、重機の運転が上手くいかないこともあって苦労した。だけど、いまは雪がやってくれば体が動く。除雪を通して、毎朝雪と会話するかのように。

「いまは雪が読めるようになりました。降りたての雪は軽いうちにどかしておけば、なんてことはない。重機にかかる負担も少なく作業できる。そのタイミングを逃したり、サボったりするとあとで大変なことになります。雪の量、軽さ、気温、時刻、さまざまな要素を考慮してベストなタイミングで動けるようになりました」

朝一の除雪でその日の雪を知る。その発見は滑走に生かされることもある。また、雪崩などの危険察知の警笛を鳴らすこともある。除雪は、ただの労働ではなく、そのときの雪を知ることでもあるという。

“大事なのは、1年を通して山に通い続けること。”

 Photo: Hiroya Nakata

心をオープンにしてお客さんと滑る楽しみ重視のスキー。

Peak Performanceライダーとして作品を残すストイックなスキー。

スイッチのオンオフで、どちらのスキーヤーにもなることができる。

 

Photo: Hiroya Nakata

「ライダーとしては高い山を目指し、スティープなラインに挑戦したい。パウダーとたわむれてカッコいいシーンを写真や動画として切り取りたいっていう情熱はあります。だけど、それだけじゃない。パウダーからストップ雪、コーンスノー、フィルムクラストまで、季節ごとに違う表情を見せる雪を追うサイクルを大事にしていきたいと思っています。わたしが目指すところは、『あいつ、一年中スキーしてるよな』って周りに言われることです(笑)」


国内においてどんなに短く細い残雪でも、3ターンを刻めれば、その月をクリアしたことになる自分ルールを設けた。例年の難題は、残暑の9月、咄嗟に降る初雪の10月だという。

 「夏の狙い目は、東北の月山や北アルプスの乗鞍岳、富士山など。板とブーツをザックにくくりつけて、雪のない登山道をトレッキングシューズで登ります。スマートにかっこよく滑りたいというライダーの意図とは反するかもしれない。でも、たとえ泥臭くても、その行為が自分にとって意味あることで楽しいことであるかが大事。天気がどうだとか、雪質がどうだとか、板とブーツが重いとかは問題じゃない。毎月笑顔で山に通うことがすべてだと思っています」

“スキーは、メンタル9.5。フィジカル0.5。”

忘れもしない2年前の3月28日。白馬エリアで撮影にむかっていた時、転倒して首の骨を折ってしまった。

 「いま思い返すと、あのときは忙しい、忙しいって何かに追われる感じでスキーをしていて、気持ちと内容が噛み合っていなかった。スキーは気持ち9.5だなと思います。すごく上手な人でも気持ちが乗らなかったら失敗したりするじゃないですか。気が滅入っているプロスキーヤーより、ボーゲン直滑降でイエーイって滑っている子供の方が、尊敬に値する。スキーはそういうものだと思う」

  心身ともに充実している状態で、心から滑りたいと願うこと。それが、スキーの滑りとして如実に現れるという。怪我をしてから自身のスキーへの向き合い方も変化しつつある。

 「これまではかっこよく滑らなきゃいけないというプレッシャーを背負って雪山に向かってきました。でも、いまは山に通い続けること、その局面でいかに楽しめるか? へと心の置き場所がシフトしてきています。というのも、宿のお客さんにスキーや山の楽しみを提供するというのが、わたしのアイデンティティーの根底にある。そういう父親の姿を見て、育ってきましたから」

  わたしはオリンピックにもワールドカップにも出ていないし、スキーヤーとして目立った好成績も残していない。と自分のことを謙虚に話す。だとするならば、なぜ多くのメーカーや写真家、メディアから慕われ、白い頂をめざすスキーヤーとして最前線で活躍できているのだろう。

「楽しみ上手なところ。なんでも楽しんでやる勢いみたいなものを買ってもらっているのかもしれませんね。そういう自分らしさをこれからも大事にして、ターンから楽しさが滲み出るような滑りをしていけたらいいですね」

 生まれたときからスキーヤーに囲まれて、雪山で遊ぶ楽しみをみんなから教えてもらった。だから、いまの自分がある。今度は自分が子ども達やお客さんへ戻す番だ。

Text by Shinya Moriyama