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Interview to Yu Sasaki about FWT

2017年は、初めて「フリーライド」の大会が行われた日本のスキーの歴史で1つのマイルストーンとなる年だった。それぞれ日本のトップ選手が集った1月のFreeride Hakuba 4スターで13位、2月のJapan Freeride Openで優勝という結果を残した佐々木悠。カナダでスキーフィルムの撮影をメインに活動している佐々木に、アラスカのヘインズでの撮影を終え山から降りてきた直後にインタビューをする事ができた。

「フリーライド」のカルチャーは 日本とカナダでどう違うんでしょうか?

19歳のときに札幌からカナダに移ってきて、それから本格的にスキー始めたので、他の選手に比べるとキャリアは短いんですけど、その頃からカナダには人工のパークだけじゃなくてゲレンデの脇とかバックカントリーに行くフリーライドをやってる人がいましたね。おれもそっちの方がカッコいいなと思って、やり始めて、プロを目指し始めました。フリーライドを定義するのは難しいんですけど、山を上から下に滑って遊ぶっていう一番シンプルなことをみんなフリーライドっていうような感じで、言ってしまえばゲレンデ滑るのもパークで跳ぶのもみんなフリーライドの一部かもしれません。「おれはフリーライドをやってる」って言うような特別なものじゃなくて、ちっちゃい子供からおじさんまでみんなが普通にやってることなんですね。インストラクターも子供にゲレンデの中のクリフの飛び方をガンガン教えてますし、最近ではフリーライドスクールがあったり、キッズのフリーライドの大会も増えてるし、その延長線上の一番エクストリームなところにFWTみたいな激しい大会があるイメージです。実は日本にも、三浦雄一郎さんとか、すごく上の世代には裏山をひっそり滑って楽しんでた方々がいるんですけど、最近やっと普通のスキーをしていた人たちが「こんな楽しいこと日本でも出来るんだ」って気づき始めたっていう感じですかね。まだ若い人たちはパークとかゲレンデ内で楽しんでる人が多いですけど、パークも遊んでた世代が自然の地形を使ってトリックをするような滑りかたもやり始めたので、もっと当たり前にみんながやる遊びとしてカルチャーが浸透していく可能性は十分あると思います。

白馬で行われたFreeride Hakubaと Japan Freeride Openはどうでしたか?

おれは20代前半のころは北米のフリーライドの大会によく出てたんですけど、Freeride Hakubaみたいな国際大会は出たこと無かったので、小さい頃からモーグルとかの競技で選手として世界と戦ってた(楠)泰輔みたいに、いつもやってることを100%本番に持ってくることが出来なかったですね。でも、「ビッグマウンテンとかフリーライドといえば佐々木悠」っていうポジションにいるって勝手に思ってるんで、その後のJapan Freeride Openは結果出せなかったらもう日本のスキー業界に居場所無いぞ、あいつはただ山奥で滑ってるだけのやつだって思われる、っていうくらいの気持ちでやりましたね。(笑)日本のライダーは本当にみんなレベル高かったですけど、気持ちで、優勝しました。今回初めて日本で大会があって、コンテストが業界に与える影響力の大きさに驚きました。大会で順位がついて、そこで上にいくことの発信力はすごいなと。ここ数年、スキーの楽しさを映像を通して伝えたいと思って北米でスキーフィルムを撮ってるんですけど、フィルムだと、「どっちがうまい」っていうのはわかんないじゃないですか。 泰輔がFreeride Hakubaで優勝してワールドツアーに招待されて、世界中の人に名前が知られたり、おれがJapan Freeride Openで優勝して、日本のスキー業界の人にもっと名前を知ってもらえたり。世の中、数字でものを見られるっていうのが普通なんだな、って改めて思いましたね。ずっとカナダで活動している人間としては、白馬で大会に出ていろんな新しい発見がありましたね。スキーは自分を表現する一番のツールだと思っているので、映像を通して、滑りだけじゃなくて旅とか、自然とか、ライフスタイルを伝えていきたいです。それを見てもらう努力はもちろんなんですけど、イベントで一緒に滑ったり、大会に出たりして、もっといろんな人に「スキーでこんなことが出来るんだ」って思って欲しいですね。